編集ノート | 公開日:2026年8月3日
週刊・編集者コラム|2026/07/27〜08/02
西瓜、肝炎、虎、友情、レンジャー、水系、カレーうどん。日々のニュースのあとに残された七つの文章を、原文の段落と文体を保ったまま配信日順に収めます。
今週の編集後記一覧
| 日付 | 配信タイトル | 主題 |
|---|---|---|
| 7月27日 | 西瓜とSuica——名は体を表すか | 分類と日常感覚 |
| 7月28日 | 上海の記憶が伝える肝炎予防の教訓 | 流行の記憶と予防 |
| 7月29日 | トラの日に見直す、災害と酷暑への備え | 複合災害 |
| 7月30日 | 友情の日に問う「正直・親切・勇気」 | 友情と行動 |
| 7月31日 | 「マン」から「レンジャー」へ | 分業するチーム |
| 8月1日 | 血統より水系 | 水系がつくる連帯 |
| 8月2日 | カレーうどんの日——「+」を値打ちに変える | 翻訳と価値づくり |
西瓜とSuica——名は体を表すか
「スイカはコウモリのようなものだ」と言ったら、怪訝な顔をされるだろうか。
コウモリは哺乳類でありながら空を飛ぶため、しばしば鳥と見紛われる。スイカもまた、よく似た宿命を負っている。日本の農林水産省の分類では、スイカは「果実的野菜」――れっきとした野菜という"戸籍"を持つ。しかし店頭で手に取るときの感覚は、誰の目にも果物のそれだ。英語でも素直に"watermelon"と呼ばれ、果物売り場に並ぶことに誰も違和感を抱かない。
中国語でスイカは「西瓜」という。名と実が一致しないことを指す「名不副実(míng bù fù shí)」という言い回しがあるが、スイカに関していえば、日本と中国の日常的な認識に大きなずれはない。
中国滞在経験のある日本人が少なからず驚くのは、この国が紛れもない「スイカ大国」だという事実である。レストランでは季節を問わず、食後にスイカが当然のように供される店もある。年間生産量はおよそ6,000万トン台。日本の年間生産量(約30万トン前後)の実に200倍に相当する規模である。
この圧倒的な生産量は、消費者にとって価格面での恩恵にもなっている。円安基調が続く局面でも、大玉一玉が円換算で数百円ということは珍しくない。生産・消費が長期的に減少傾向にある日本では、なかなか想像しにくい贅沢ではないか。
一方、日本国内に目を転じれば、スイカの生産・消費は長期的かつ明確な減少傾向にある。縁側に腰掛け、大玉のスイカを両手で抱えて豪快にかぶりつく――そんな夏の原風景を実際に経験している人は、いまどれほどいるだろうか。
「スイカ」という発音に、便利な交通ICカードを思い起こす人も多いかも知れない。Suicaは中華圏でも「西瓜卡(xīguā kǎ)」という愛称で呼ばれる。季節感とは無縁の無機質な世界に、口いっぱいに広がる甘さや涼感をとどめているのは、もはや「スイカ」という響きひとつだけなのかもしれない。(耕雲)
上海の記憶が伝える肝炎予防の教訓
中国で定住・就労・留学する際、外国人向けの健康診断ではHIVやB型・C型肝炎の検査がとりわけ厳格だ。この徹底ぶりの背景には、コロナやSARS以前に上海の人々を震撼させた、忘れがたい記憶も関係していそうだ。
1988年1月から3月にかけて、上海でA型肝炎の集団感染が発生し、約30万人が発症した。うち11人が急性・亜急性の肝萎縮で死亡したとされる。疫学調査と病原学的検査により、原因は沿岸で採れた毛蚶(マオハン)――赤貝に似た小さな二枚貝――にあると突き止められた。汚染水中のウイルスを体内に蓄積した貝を、人々が十分に加熱せず食したことが、わずか数週間での爆発的な感染拡大を招いたという。以来、毛蚶は上海の食卓の話題であると同時に、公衆衛生の教訓として語り継がれている。
7月28日は「世界肝炎デー」。この日に思い起こすべきは、恐怖の記憶だけではない。食材の衛生管理、自身のワクチン接種歴、必要な検査の有無を、家族や職場で今一度静かに確かめておきたい。人とモノの往来が日常となった今だからこそ、過去の流行を正しく知ることが、日中両国で暮らし働く私たちの、今日の健康を守る具体的な一歩となるはずだ。(耕雲)
トラの日に見直す、災害と酷暑への備え
7月29日は「世界トラの日」である。日本列島に野生のトラは生息しない。それでも虎は、干支や魔除け、武勇の象徴として、日本人の想像力に深く住みついてきた。その輪郭を濃くした一人が、熊本城の城主だった加藤清正である。朝鮮出兵時の「虎退治」は後世に物語化された武勇伝だが、今も清正の代名詞として息づく。
その熊本で前日の28日、熊本地方を震源とする地震が起き、宇城市と氷川町で震度7を観測した。2016年の地震から復旧途上にあった熊本城でも、石垣の崩落が報じられた。「前門の虎、後門の狼」という言葉が頭をよぎるが、今回さらに警戒すべき「後門」は酷暑だろう。停電や避難で空調が使いにくくなれば、揺れをしのいだ後にも体力が奪われる。
中国語には、立秋後にぶり返す厳しい残暑を「秋老虎(qiū lǎohǔ)」と呼ぶ表現がある。今はまだ盛夏だが、トラの猛威を暑さに重ねる感覚はよく分かる。災害対応も事業継続も、一つの危機だけを想定しては足りない。非常電源、水、連絡手段に加え、「冷やす備え」まで点検する日としたい。猛獣の比喩を語る日だからこそ、目の前の脅威には具体策で向き合いたい。
友情の日に問う「正直・親切・勇気」
7月28日、熊本で震度7の地震が発生した。その翌日には早くも、台湾のコンビニ各社や決済アプリが義援金の受け付けを始め、消防当局も救助隊の派遣準備を整えたという。2011年の東日本大震災の際には、台湾からの義援金が世界最大規模になったことが知られている。台湾との友情は、こうしていつも、大きな言葉に先立って行動として示されてきた。
奇しくも7月30日は「国際フレンドシップデー」にあたる。だからといって、これを単に「トモダチ」という言葉に矮小化したくはない。友情とは本来、立派な標語として掲げるものではなく、遠くにいる相手の無事を気にかけることの延長線上にあるはずだからだ。
この「友情」という言葉から連想されるのが、フランス文学者・思想家の内田樹氏による、少年漫画をめぐる指摘である。内田氏は、『少年マガジン』が掲げる「正直・親切・勇気」と、『少年ジャンプ』が掲げる「友情・努力・勝利」を対比し、友情と勇気は必ずしも同じ方向を向くわけではないと論じた。共感が先に立てば、たとえ孤立してでも言うべきことを言う勇気は、次第に痩せ細っていくというのである。
こうした指摘に触れると、あらためて気がかりになるのが、「正直・親切」がいちじるしく目減りしている、日本政治の現状だ。公約に掲げたことは実行されない一方で、選挙前には一切語られなかった事柄が、次々と決められていく。それに対する抗議が起きても、「反省点はない」と言い切られてしまう。
そういえば、7月30日は「梅干しの日」でもある。梅干しが「難が去る(7・30)」食べ物であるという言い伝えに由来するという。酸っぱい現実を知ったうえで、それでも小さな親切を積み重ねていくこと――それは私たちが掲げ続けるべき徳目だろう。だが同時に、政治の側にも「正直・親切・勇気」にもとづいた行動を求めなければ、目の前の災難を本当の意味で克服することはできない。(耕雲)
「マン」から「レンジャー」へ――役割をつなぐ時代
7月31日は「世界レンジャーの日」である。この日のレンジャー(ranger)は、特撮ヒーロー番組の戦士を指すものではない。国立公園や保護区を巡視し、自然や文化遺産を守る人々のことだ。それでも「広い範囲を動き、持ち場を守る者」というイメージの芯は、異なる二つの世界を奇しくもつないでいるように見える。
今年はウルトラマン放送開始60周年。かつてヒーローは、巨大な力を一身に背負う「マン」という単体の存在として輝いた。やがて、複数の色と個性が連携する戦隊ヒーローが台頭する。その大きな起点となったのが、1975年放送開始の『秘密戦隊ゴレンジャー』である。
偶然にも日本のプロ野球では、その前年の1974年にセーブが記録として採用された。先発完投型を王道とする球界にも、投手の役割を中継ぎや抑えへ分けていく時代の扉が開き始めた。分業が定着するまでにはなお時間を要したものの、戦隊ヒーローの登場は、社会のあちこちで役割分担が進んでいく時代の空気と重なって見える。
ヒーローも投手も、万能な一人から、異なる強みをつなぐチームへ。国境をまたぐ仕事も同じである。目立つエースの背後には、現場を巡り、次へつなぎ、最後を締める人がいる。チームの強さを決めるのは、主役のカリスマだけではない。見えにくい持ち場に、どれだけ敬意を払えるかである。(耕雲)
血統より水系
日曜劇場「VIVANT」続編で描かれる「別班」は、身分を偽り、家族との縁さえ断ち切って孤独な任務に身を投じる、防衛省・自衛隊の秘密組織である。そのフィクションの姿に重なるのが、太平洋戦争の終結を知らされぬまま30年間、フィリピン・ルバング島のジャングルで任務を続けた小野田寛郎さんだ。
小野田さんは帰国後、記者会見で「戦友を失ったことが最も悲しかった」と答え、「楽しかったことは一つもなかった」とも語った。人は苦楽を天秤にかけたとき、苦のほうに思いを馳せる傾向があるのだろうか。その苦しみを分かち合った相手を「戦友」と呼び、そこに「同じ釜の飯を食う」連帯意識が生まれる。
これに相当する絆としてあるのが郷土意識である。ときには県境という枠を飛び越え、同じ水系のもとで育った生活体験を共有することが、親近感につながることも多々ある。「遠い親戚より近くの他人」というのも、そんなところから来ているのだろう。
さて昨今、「血は水より濃し」とばかりに染色体の話まで持ち出して、男系男子による皇位継承の正当性を説く動きがある。だが、日本国という同じ水系に育った日本人の多くは、愛子さまに敬愛の念を抱いている。日本という同じ水系に育った日本人が象徴的存在を求めるとき、そこに働くのはむしろ「氏より育ち」という、ごく自然な心の発露なのではないだろうか。8月1日、美しき川の流れに想いを馳せながら、「水の日」に寄せて。(耕雲)
カレーうどんの日——「+」を値打ちに変える
8月2日は「カレーうどんの日」である。日付は、6月2日の旧「横浜・カレー記念日」と7月2日の「うどんの日」にちなむ。真夏の熱い麺という意外性も面白い。
カレーうどんは明治末期、洋食のカレーに和風だしとうどんを合わせて生まれたとされる。発祥には諸説あるが、工夫はカレー粉を足すだけではない。だしになじませ、とろみをつけ、麺に絡めた。料理では和洋折衷、発想では和魂漢才を踏まえた和魂洋才。異質なものを自らの文脈へ翻訳した一杯である。
中国にも清末の中体西用があり、1964年には毛沢東が「古為今用、洋為中用」を示した。こうした試みには成果も限界もあり、成否を一言では決められない。現代中国では2015年に「インターネット+」、2024年に「AI+」が打ち出され、「+」は技術を産業や暮らしへ実装する合図となっている。
カレーうどんとカレーパンは、同じカレーを麺とパンという別の土台になじませた料理だ。前者は日本独自の麺料理の派生メニュー、後者は日本生まれの惣菜パンとして定着した。何かを足して終わらず、組み合わせを新しい価値へ育てる「プラス志向」である。東大阪では毎月8日が「カレーパンの日」だ。アイデアを価値に変える鍵は、何を足すかより、何を自分たちの「だし」とし、どうなじませるかにあるのかもしれない。(耕雲)
あとがき
身近な食べ物や暦から始まった文章は、健康、災害、友情、役割、共同体、技術実装へと広がりました。七日分の本文そのものは省略せず再録しています。
