
還暦、36年ぶりの松本駅——摩天楼の下では見えなかった空の青
還暦を迎えた年、36年ぶりに松本駅に降り立った。上海の摩天楼の下では見えなかった空の青が、ここにはあった。移動と記憶、時間と場所——鉄道旅が呼び起こす感覚の記録。
魔都・上海で見慣れた冬の空は、いつも濁ったグレー色に包まれている。
もちろん晴れる日もあるが、どこか霞んだような、抜けきらない青にしかならない。
私は昨年、上海で還暦を迎えた。振り返れば、社会に出てからの多くの時間をこの都市で過ごしてきたことになる。
現在は無職である。中国語で言えば「在家待業」。就活中の身だ。子どもはまだ自立しておらず、日々、不安と焦りが静かに、しかし確実に押し寄せてくる。
そんな中、一時帰国の折に、ふと学生時代を過ごした松本を訪ねてみようと思いついた。
目的は明確ではなかった。
ただ、立ち止まれる場所が必要だったのだと思う。
松本駅に降り立ったのは36年ぶりだった。
駅構内に響き渡る「まつもと〜、まつもと〜」という放送が郷愁を誘う。
改札を抜け、「お城口」に出て、松本城を目指す。
視線の先には雪化粧をした北アルプスがある。
澄み切った空気、そして透き通った青空。
ふと、2年前に他界した父のことに想いが馳せる。
父は戦争末期、集団疎開で信州松本に避難していた時期がある。
米軍の空襲に日々さらされていた帝都とは違い、見上げた空は驚くほど青く、天を突き抜けるようだったと父は語っていた。
彼の眼に、松本で仰いだ青空は平和の象徴に映っていたのだろう。
中央本線における松本駅の立ち位置は、正直言えば微妙だ。
狩人のヒットソングで知られる「あずさ2号」は新宿から3時間半以上を要した。
1983年にみどり湖経由の短絡線(岡谷駅-塩尻駅間)が開通、その後もスピードアップが重ねられ、最短2時間半までこぎつけた。
だが、北陸新幹線で迂回したほうが早く移動できる場合もある。
リニア中央新幹線の恩恵を受けることもなく、さらなる時短は望めそうにない。
駅前大通りから松本城に向かい、その後、ナワテ通りから女鳥羽川沿いを歩いてみる。
雄大な北アルプスを背に、穏やかなせせらぎの音に包まれ、自然と心が洗われてくる。
ひんやりと乾いた寒気は、むしろ清々しささえ感じさせる。
松本という街は、再出発のために無理に背中を押す場所ではない。
新たな一歩を踏み出すまで、呼吸を整えながら立ち止まることを許してくれる。
父の記憶も手繰り寄せてくれた信州・松本の青空。
くすんだ色で塞がれていた視界をそっと拭い去り、父が見上げた空と同じ線上に自分をつなげてくれた気がした。
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