和製『覇王別姫』とも評される『国宝』──“芸と血”は『鬼滅』の世界と交差する?
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2025-11-28

和製『覇王別姫』とも評される『国宝』──“芸と血”は『鬼滅』の世界と交差する?



和製『覇王別姫』とも評される『国宝』──“芸と血”は『鬼滅』の世界と交差する?

実写邦画歴代1位の興収173億円超を記録した李相日監督『国宝』が香港で13日から上映が続けられている。「悪魔と取引してたんや」という衝撃的な台詞から読み解く『鬼滅の刃』との共鳴、『覇王別姫』から続くアジア映画の系譜、そして雪のラストシーンが示す"芸による救済"まで──数字を超えた現象を深読みする。

『国宝』、実写邦画歴代1位に:

11月21日、第98回アカデミー賞の国際長編映画賞部門に向けて、世界86の国と地域から提出された候補作リストが公表され、日本からは李相日監督『国宝』が公式エントリーとして名を連ねた。同作は国内で興行収入173億円超を記録し、実写邦画歴代1位に躍り出たばかりだが、香港特別行政区で13日から『國寶(KOKUHO)』のタイトルで公開が始まったことで、中華圏でも注目を集め始めている。ここでは、オスカー・興行といった数字の話にとどまらず、「悪魔と取引してたんや」という背筋の凍る一言から、雪のラストシーン、さらには『鬼滅の刃』『覇王別姫』『北京ヴァイオリン』との接点についても見ていきたい。

『国宝』興行推移とアカデミー賞への道のり

図:『国宝』興行推移

香港公開で中華圏にも存在アピール:

まず事実関係から確認しておきたい。日本映画製作者連盟は、申請9作品の中から『国宝』を第98回アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表として選出したと公表している。

11月21日、第98回アカデミー賞の国際長編映画賞部門に向けて、92の国と地域が出品した作品のうち、86本が審査対象作品としてリストアップされたことが公表された。

そのうえで、2025年12月16日にショートリスト(上位15作品)、2026年1月22日に最終ノミネート、2026年3月15日に授賞式が行われる予定である。

一方、興行面では、日本公開から約半年で観客動員1,200万人超・興収173億7739万円に達し、22年ぶりに実写邦画歴代1位の座を更新した。

そして11月13日、香港でも『國宝(Kokuho)』として一般公開が始まり、現地の興行チェーンや華文メディアは「歌舞伎の迫力と日本の"血脈"の物語」として大きく取り上げているとされる。

『国宝』興行推移とアカデミー賞への道のり

図:11月13日から香港で上映開始

興行記録と制作陣――数字を超える"現象":

作品そのものは、任侠一家に生まれた少年・喜久雄が、抗争で父を失い、歌舞伎の名門・花井半二郎に引き取られ、やがて「人間国宝」と呼ばれる女形へと上り詰めるまでの人間ドラマである。原作は吉田修一の長編小説『国宝』で、2017年から2018年にかけて朝日新聞で連載されたのち単行本化された。

メガホンを取ったのは『悪人』『怒り』に続いて吉田作品を手がける李相日監督で、脚本は李と奥寺佐渡子の共同、歌舞伎指導には四代目中村鴈治郎があたった。多くの名優を布陣に置き、およそ3時間の長尺に仕上げられている。

主演の吉沢亮と横浜流星は撮影前から長期の所作指導を受け、舞台シーンは基本的に吹き替えなしで撮影されたという。カメラはときに舞台全体を俯瞰で捉え、ときに目線や指先の震えをクローズアップで追い、観客に「舞台の客席から見た歌舞伎」と「舞台袖から覗き込む歌舞伎」の両方を体験させる構図になっている。

興行収入の実績や来年のオスカーに向けた話題が先行しているが、「歌舞伎の世界の残酷さ」と「そこに身を投じる人間の美しさ」について観客同士が語り合い続けていることが、リピーター客を続出させる"現象"を生む原動力となっている。

『さらば、わが愛/覇王別姫』のワンシーン

※写真は単なるイメージです

「悪魔と取引してたんや」が映す"鬼滅"的モチーフ:

さて、映画の中盤に、主人公の喜久雄が祇園の芸妓とのあいだに生まれた幼い娘・綾乃を連れて、小さな稲荷社に参拝するシーンがある。綾乃が「なにお願いしたん?」と尋ねると、彼はこう答える。

神様と話してたんとちゃうで。悪魔と取引してたんや

この一言は、喜久雄が自らの人生をどう捉えているかを象徴的に示す。彼は「日本一の歌舞伎役者にしてください。その代わり他のもんは何にもいりません」と心の中で悪魔に願ったと解釈されており、芸のために身体も家庭も人間としての安らぎも差し出してきた自覚がにじむ。

ここで連想されるのが、『鬼滅の刃・無限城編第一章』に登場する上弦の参・猗窩座である。人間時代の彼は、圧倒的な強さを求めるあまり、生きる意味を失った瞬間に鬼のラスボス、舞辻無惨の血を受け入れることで、"人間性"と引き換えに鬼としての力を得る。

『国宝』にはもちろんそんな超自然的なアイコンが登場することはない。しかし「芸のためなら人間としての幸福を捨てる」という認識は、「強さのために人間性を差し出した猗窩座」の構図と見事に重なる。悪魔(鬼)との取引というモチーフを介して、大衆的なアニメと文芸大作が静かに接続されているように見えてくる。

図:『国宝』喜久雄と『鬼滅の刃』猗窩座の比較

『覇王別姫』『北京ヴァイオリン』との共鳴:

『国宝』を語る際、観客や批評家のあいだで繰り返し引き合いに出されるのが、中国語映画として初めてカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年)である。京劇の舞台に生きる二人の役者の半世紀を、日中戦争から文化大革命に至る激動の中国現代史とともに描いた傑作だ。

李相日監督自身、上海国際映画祭での舞台挨拶で、学生時代に陳凱歌監督の『覇王別姫』を観て衝撃を受け、「いつかこんな映画を撮りたい」という想いが『国宝』につながったと語っている。

『さらば、わが愛/覇王別姫』のワンシーン

図:アジア映画の系譜:『さらば、わが愛/覇王別姫』

一方で、『国宝』にはもう一つの「鏡」があると考えられる。『さらば、わが愛/覇王別姫』を手掛けた陳凱歌監督による『北京ヴァイオリン』(原題『和你在一起』、2002年)だ。中国北部の田舎町で暮らすヴァイオリンの天才奏者である少年と、その父が北京へ上京し、一流の教師と音楽学校の門を叩く物語である。

芸によって這い上がろうとする主人公」と「その才能に自分の人生を賭ける大人」が直面するのは、コンクールや家柄がものを言うエリート芸術教育という大きな壁だ。そこからは「血か、芸か」という『国宝』で描かれる対立軸を彷彿とさせる。親が信じる「成功」と、子どもが感じる「幸福」のズレが『北京ヴァイオリン』の核心として存在しており、『国宝』についても芸と親子・血統という切り口で見ると、また新たな世界が見えてくるのではないだろうか。

『国宝』興行推移とアカデミー賞への道のり

陳凱歌監督作品で描かれた「芸と血

雪のラストシーンと「見たい景色」:

『国宝』のラストシーンで、誰もいない客席に紙吹雪=雪が舞い、主人公の喜久雄が天を見上げて「綺麗やなぁ」とつぶやく光景が映し出される。これは多くのレビューで作品理解の鍵として取り上げられているものだ。

幼い喜久雄は、長崎では珍しい雪の日に、任侠の父が抗争で殺される場面を目撃する。血に染まった雪景色は、彼にとって"原風景"でありトラウマでもある。

物語では人間国宝となった喜久雄を取材するリポーターから「なぜこの仕事を続けるのか」と問われ、彼は「見たい景色がある」と答える。その言葉を踏まえると、エンディングのシーンで映し出された、雪(紙吹雪)が降り注ぐ舞台の光景は、彼が一生かけて追いかけてきた"見たい景色"そのものとして読み解ける。悪魔との取引から始まった物語が、最後に「綺麗やなぁ」という静かな肯定へと至る──その軌跡はあたかも『鬼滅の刃無限城篇第一章』で猗窩座(狛治(はくじ))が見た“花火”の光景にも通じそうだ。

『国宝』興行推移とアカデミー賞への道のり

主人公が“見たい景色”と語った場面で物語は幕を閉じ

『国宝』で重要なのは、かつては父の血で染まった呪いの雪景色が、芸を極めた果てには純粋な「」として見直されている点である。出自の呪いと復讐心から出発した人生が、芸によって別の意味に書き換えられる。その変換と昇華こそが「芸で復讐しろ」と言われた少年が"国宝"に至るまで歩き続けた理由であり、雪のラストはその到達点を静かに示す表現なのだと理解できそうだ。映画全体を一つの歌舞伎の演目に見立てるなら、現実と虚構、生と死、血の赤と雪の白が溶け合う「引き幕」のような瞬間である。(編集:耕雲)

情報ソース

・一般社団法人日本映画製作者連盟「出品を希望する方へ」
第98回米国アカデミー賞国際長編映画賞への出品作品として『国宝』を選出した旨の告知。
https://www.eiren.org/academy/exhibition.html

・Academy of Motion Picture Arts and Sciences Press Office
“ANIMATED, DOCUMENTARY AND INTERNATIONAL FEATURE FILMS ELIGIBLE FOR 98TH OSCARS® ANNOUNCED”
国際長編映画賞部門に86の国と地域が参加し、ショートリスト・ノミネーション・授賞式の日程を示すリリース。
https://press.oscars.org/news/animated-documentary-and-international-feature-films-eligible-98th-oscarsr-announced

・映画.com「『国宝』米アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品に決定」
第98回アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表に『国宝』が選ばれたことを報じる記事。
https://eiga.com/news/20250828/24/

・映画.com「【歴史的快挙】『国宝』22年ぶりに邦画実写歴代1位に!」
興行収入173億7739万4500円、実写邦画歴代1位更新など最新の興行データ。
https://eiga.com/news/20251125/15/

・Broadway Circuit「Kokuho」作品ページ
香港公開日(2025年11月13日)、上映時間などの基本情報。
https://www.cinema.com.hk/en/movie/details/17570

・Box Office Mojo「Kokuho」
日本・香港など各地域の公開日と興行収入の内訳。
https://www.boxofficemojo.com/releasegroup/gr746541829/

・note「映画『国宝』は何を語らなかったのか?──空白と終幕を読み解く」ほか複数のレビュー
ラストシーンの紙吹雪と「見たい景色」をめぐる解釈を紹介するレビュー。
https://note.com/damaoji/n/n8656aa99081f

・etnet(香港)「電影《國寶》:血染的風景如今又在舞台上重現」
冒頭の雪の日の父の死と、血に染まる雪景色の印象について論じた華文レビュー。
・映画.com「第27回上海国際映画祭でも喝采! 李相日監督が『さらば、わが愛/覇王別姫』に言及」
李相日監督が学生時代に『覇王別姫』を観て衝撃を受けたこと、『国宝』制作への影響を語った記事。
https://eiga.com/news/20250619/21/

・Wikipedia日本語版「北京ヴァイオリン」および関連解説記事
父子が北京でヴァイオリン教育の頂点を目指す筋立ての概要。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%BA%AC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3

・アニメイトタイムズ「『鬼滅の刃』上弦の参・猗窩座 解説&情報」ほか鬼滅関連記事
猗窩座が鬼舞辻無惨の血を受け入れ、人間性と引き換えに強さを得た経緯の整理。
https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1635402464




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