日本とは真逆に進む中国のコーヒー価格、9.9元はすでに“当たり前”ゾーンに


日本とは真逆に進む中国のコーヒー価格 9.9元はすでに“当たり前”ゾーンに

中国コーヒー市場は高成長を続けている (Source: Grand View Research
9.9元はもはやスタンダードに
中国の都市部では、ここ数年で「1杯9.9元」がコーヒーの心理的基準として定着した。きっかけとなったのは、「ラッキンコーヒー(Luckin Coffee、中文名:瑞幸咖啡)」とコッティコーヒー(Cotti Coffee、中文名:庫迪咖啡)が全国規模で展開したキャンペーンである。定価は15〜20元前後でも、アプリのクーポンやデリバリーの割引を組み合わせると「だいたい9.9元で飲める」という感覚が、消費者の間で"普通のこと"になった。
そのうえで、2025年にはさらに低価格帯が台頭している。ディスカウントチェーンのホットマックス(Hotmax、中文名:好特卖)は、上海などで挽きたてのアメリカーノを3.9元で提供し、SNSでは「貧民コーヒー(穷鬼咖啡)」という自虐まじりのネットスラングが拡散した。ドリンクブランドの古茗なども2.9元プロモーションを打ち出し、「探せば2〜3元台、ふつうに9.9元」という"価格レンジの常識"が生まれつつある。
(2025年Q3)
(2025年11月)
(世界最多)
チェーンの顔ぶれも様変わりしている。瑞幸は2025年第3四半期末時点で店舗数が29,214店に達し、中国最大のコーヒーチェーンとしてスターバックスの店舗数を大きく上回る規模になった。そこへ急追しているのが、蜜雪冰城グループ系の「幸运咖啡(XinYun Coffee)」である。同ブランドは「高品質適正価格(高質平価)」を掲げて地方・低価格帯市場(いわゆる"下沈市場"=地方都市や県レベルの都市・町村)から多店舗展開を繰り広げ、2025年夏に8,000店を突破、11月時点では9,800店超と報じられている。商品価格は多くが6〜15元、看板商品の一部は5.9元という設定で、「10元前後でそこそこおいしい挽きたてコーヒー」が全国どこでも手に入る環境が広がりつつある。
プレイヤーの勢力図が変わるなか、スターバックスも戦略転換を迫られた。2025年11月、同社は中国のリテール事業について、中国の投資会社・博裕投資(Boyu Capital)と合弁を組み、約40億ドル、企業価値130億ドル超とされる取引で中国小売事業の最大60%を譲渡することを発表した。スターバックスは40%を保有しつつブランドと知的財産のライセンスを握り、「外資ブランド+本土資本」の新たな枠組みで8,000店から20,000店への拡大を目指す構図である。
ここまで来ると、中国の挽きたてコーヒーは「高い贅沢品」ではない。クーポン後9.9元という"定番価格帯"と、3.9〜5.9元の"貧民(穷鬼)ゾーン"が生まれた結果、コーヒーは日常の必需品に近い位置づけになりつつある。

中国の低価格化を支える3つの要素
AIと垂直統合が支える低価格の秘密
なぜここまで価格を下げられるのか。
答えは、単純な安売りではなく、サプライチェーンの工業化とテクノロジー活用にある。
瑞幸は創業当初から「アプリ前提のデジタルチェーン」として設計され、モバイルオーダーと事前決済を前提にすることで、客席スペースやレジ人員を極限まで削ってきた。販売データはリアルタイムで蓄積され、AIを用いた需要予測にもとづき、各店舗・各時間帯の発注量や仕込みを最適化している。その結果、廃棄ロスや物流コストを圧縮しつつ、数万店規模のスケールメリットを活かした調達が可能になっている。
庫迪コーヒーや幸运コーヒーも、垂直統合やグループ資源の活用でコスト構造を変えている。庫迪は安徽省にグローバルサプライチェーン拠点を構え、焙煎工場と物流センターを一体運営することで中間マージンを削減している。幸运コーヒーは親会社である蜜雪冰城(ミーシュエ)グループの巨大な原材料調達網と製造・物流インフラをそのまま活用し、地方都市にまでコーヒーを"工業製品並みに規格化・大量生産するモデル"へと近づけている。
さらに、原材料の国産化も進んでいる。中国最大のコーヒー産地である雲南省では、ここ十数年で「インスタントコーヒー向け原料産地」から「スペシャルティコーヒーの産地」への転換が進展した。2021年に8%未満だった「精品率(スペシャルティ比率=高品質豆の割合)」は、2024年には31.6%へと大きく伸びたと報告されている。国内で高品質な豆が調達できるようになったことで、為替や国際市況に振り回されにくいコスト構造が整いつつある。
サプライチェーンの垂直統合、AIによる需給最適化、国産豆の品質革命――この三つが、中国の「低価格なのにそこそこ美味しい」コーヒーを支える土台になっているのである。
日本のコーヒー価格上昇の背景にある連鎖日本の値上げは「攻め」ではなく「防衛戦」
一方、日本のコーヒー市場は、まったく逆方向に動いている。コンビニ3社(セブン‐イレブン、ファミリーマート、ローソン)は、2022年以降、ホット・アイスともにSサイズ(150〜160ml)のコーヒー価格を段階的に引き上げ、ここ数年で1杯あたり合計20〜40円ほど値上げしてきた。かつて「100円コーヒー」が象徴だった価格帯は、現在ではSサイズで140〜160円、Mサイズで220〜260円、Lサイズやメガサイズで260〜360円前後が一般的なレンジになっている。
背景には、二重のコスト圧力がある。第一に、コーヒー豆の国際相場の上昇と、主要生産国(ブラジル・ベトナムなど)の気候リスクである。第二に、円安である。1ドル=150円前後という水準が続いたことで、輸入原材料のコストが大きく膨らんだ。日本はコーヒー豆のほぼ全量を輸入に頼っており、「量は変わらないのに輸入金額だけが増えていく」状態が続いている。
総務省の消費者物価指数を見ると、2024年の日本のCPIは総合で前年比+2.7%増だったのに対し、食料は+4.3%と高い伸びを示した。2025年に入っても食料関連の価格上昇は続いており、コーヒーもその波に呑まれている。こうした状況の中で、コンビニ各社やカフェチェーンが取り得る手段は限られる。中国のように、短期間で数万店規模の垂直統合型チェーンを構築するだけの土地と資本はない。
結果として、日本の値上げは「新しいビジネスモデルを作るための攻めの投資」というより、コスト上昇に耐えるための"防衛的な価格転嫁"にならざるを得ない。企業努力だけでは吸収しきれない局面に入り、消費者に負担を求めざるを得ない構図である。
同じコーヒーでも、果たす役割が違う
日中の価格差を理解するには、「コーヒーが生活の中で果たす役割」の違いを見る必要がある。
上海をはじめとする中国の大都市では、コーヒーはビジネスパーソンの「燃料」である。2023年末時点で、上海のカフェ店舗数は9,553店と報告されており、都市別では世界最多とされる。オフィス街では瑞幸、庫迪、Manner、幸运咖などが半径数百メートルに密集し、デリバリーアプリを開けば、3.9〜9.9元の挽きたてコーヒーがいつでも届く。朝・昼・夕と一日3回飲む人も珍しくなく、都市の生産性を支える基礎コストに近い位置づけだ。
一方、東京など日本の都市では、コーヒーは「ちょっとしたご褒美」「気分転換」という意味合いが強い。スターバックスやサードウェーブ系カフェは空間価値やストーリーを重視し、コンビニコーヒーは「安くてそこそこ美味しい一杯」として支持されてきた。だからこそ、100円から120円、150円へとじわじわ価格が上がると、「ささやかな楽しみが削られる」という心理的インパクトが大きくなる。
中国では、直近3年で年平均約17%成長という高成長産業として、地場チェーンが低価格とスケール拡大を競争の武器にしているのに対し、日本は成熟市場として、品質維持とコスト転嫁をどこまでバランスさせるかが主なテーマになっている。同じ「一杯のコーヒー」でも、経済成長ステージと消費者心理の違いが、価格と戦略を大きく分けているのである。
グローバル市場への示唆――勝敗を分けるのはテクノロジーと構造
中国の低価格モデルは、このまま永続できるのか。
過度な価格競争は収益性を圧迫し、独立系カフェの淘汰も加速させている。市場が成熟段階に入れば、ブランド差別化やサステナビリティへの投資が必要になり、「ひたすら安い」戦略は限界を迎えるだろう。
日本側に目を移せば、「高付加価値化」と「サプライチェーン効率化」の両立が課題である。沖縄などでの国産コーヒー豆の試みや、小規模ロースタリーの増加は芽生えつつある変化だが、為替リスクを和らげるほどの規模には達していない。
グローバルな視点から見れば、はっきりしているのは一つである。
テクノロジーとサプライチェーン設計が、コーヒービジネスの勝敗を決める。
中国のローカルチェーンは、AI・データ・垂直統合・国産豆という"攻め"の構造改革によって「値下げの未来」を切り拓き、日本は円安と物価高の中で「値上げの現実」と向き合っている。
たった1杯のコーヒーだが、その裏側には国ごとの産業構造、都市のライフスタイル、企業の戦略、そして働く人の生活が凝縮されている。日中ビジネスに関わる者にとって、コーヒーは「安いか高いか」を嘆く対象ではなく、都市と市場の変化を最も早く教えてくれる指標であると言える。(編集:耕雲)
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