大連は野球文化の隠れた宝庫だった!グラウンドに紡がれる甲子園の記憶

遼寧省大連市は、その豊かな歴史とスポーツ文化を背負いながら、全国でもひときわ異彩を放つ都市である。中国では野球の普及度は低いが、歴史の扉を開けば映画『KANO』を彷彿させる物語が輝きを放っている。
MLBが「中国野球場図鑑」を編纂
メジャーリーグベースボール(MLB)がWeixin公式アカウントで中国各地の野球場の紹介記事を連載している。中国野球協会と提携して制作した「MLB中国野球場図鑑」というもので、中国全土に散在する野球場施設の情報を編纂して公開が行われている。昨年12月17日付の記事では中国東北エリア、とくに大連にスポットが当てられていた。

その記事からは、どうやら大連は野球文化の隠れた宝庫らしいという編者のメッセージが伝わってくる。「大連大学野球場」は両翼98メートル、中堅122メートルを備えた本格的なスタジアムで、国際交流試合の開催に堪えられる施設だという。
また「大連体育センター」については野球場 というわけではないだろうが、天然芝が敷かれた多用途多機能の施設として、地域のスポーツ活動を支える屋台骨を担っていることが理解できる。

甲子園準優勝の快挙
前述のMLBの記事では、大連の野球文化の萌芽が見られるのは1930年代という説明があった。実際のところは、もっと早い時期にその種子が蒔かれていた可能性さえあるかも知れない。何しろ1920年代、大連には甲子園の常連校である「大連商業学校(以下、大連商業)」が存在していた。大連商業は甲子園出場12回という実績からして堂々たるものだが、ベスト4進出を3度果たし、1926年には準優勝という輝かしい戦績がある。
1926年の選手権で大連商業は準優勝。決勝では惜しくも1対2で静岡中に配線
映画『KANO』との共鳴
戦前に海を越えて甲子園に出場したチームがあり、決勝戦まで進み日本中を席巻したチームがあったと聞けば、映画『KANO』を想像した人も多いだろう。この作品は1931年、台湾の嘉義農業が甲子園で準優勝を果たした実話をもとにした人間ドラマで、その熱い物語は観る者の心を震わせる。
映画では嘉義農業と激戦を繰り広げた札幌商業(大連商業に勝ちこの対戦に駒を進めた)の投手が、13年後に同校の練習グラウンドを訪れる。当時に思いを馳せながら甲子園大会の記念ボールをそっとマウンドに置いて立ち去るシーンは、過去と現在を結び、歴史の記憶が未来へと紡がれていくかのようだ。同作品はそんな余韻を残しながら幕を閉じる。

野球のボールが紡ぐ都市の記憶
おそらく、大連もまた、そんな歴史と未来が交錯する特別な物語を抱えた都市であるに違いない。多民族混成チームだった嘉義農業とは異なり、大連商業の選手はおそらく全員日本人だった可能性が高い。それでも元球児たちが歳月を経て同校を訪れ、グラウンドにたたずみ、栄光の記憶を静かに振り返るような光景も見られたのではないだろうか。
画像出所:百度百科 大連第三十六中学
大連商業の跡地は現在「大連市第三十六中学」となり、新たな歴史を刻み続けている。学業では優秀な学校だという。もはや中国で大連商業が遺した甲子園の記憶が表立って語られることはない。だが、かつて甲子園球児たちが青春を駆け抜けた情熱の鼓動は静かにその校庭に息づいていることだろう。旧大連商業の校舎は2004年8月、大連市重点保護建築に登録された。(編集:耕雲)
画像出所:百度百科 大連第三十六中学
参考
MLB中国棒球场图鉴——东北地区| MLB
日本統治時代の大連から甲子園に出場し、準優勝した大連商業の物語
大連商(満州)の記録・戦績|高校野球史 甲子園篇
日本統治時代の大連から甲子園に出場し、準優勝した大連商業の物語|【OUR LIFE】Japan & China (Youtube)

