端午節目前、“非遺”と略語が照らす言語の壁
「非遺」から何を思い浮かべる?
まもなく迎える端午節。2009年にユネスコの「無形文化遺産(中国語で「非物質文化遺産」)に登録されて以来、中国本土では「非遺」という略語とともに盛んにプロモーションが行われている。しかし、この「非遺」という用語は、中国語を学んだことがない日本人にとっては意味を把握するのは難しい
そもそも、この流儀で「無形文化遺産」を簡略化しようとすれば、日本語では「無遺」となってしまい、意味がわからなくなる。また、遺品、遺物、遺族、遺伝、遺言……いったい何の「遺」が「非ず」なのかと首をかしげる人がいても不思議ではない。一方、日本の国会答弁では「遺憾砲」が頻繁に飛び交うのは周知のとおり。それこそ、「非遺とは“非常に遺憾”の略語なのか?」とうそぶく人さえ現れそうだ。
端午節 2025年 カレンダー
2025年の「端午節」連休は5月31日から6月2日まで。「調休」はない
「略語」がつくる“縦横”の壁
言葉の壁とは、単に言語の違いによって生じるものではない。むしろ、それ以上に世代間ギャップが影響している場面も少なくない。インターネット上では次々と新たなネット用語や略語が生まれ、それらが世代間の溝を広げ、相互理解を困難にしている。「yyds(永远的神;永遠の神)」や「bdjw(不懂就问;わからないなら聞けばいい)」といったネット文化に根ざした略語を、年長世代が即座に理解するのは難しいだろう。
同様に、日本でも「サブスク」「パワハラ」「推し活」といった略語が日常的に使われており、高齢者はもちろん、外国人の日本語学習者にとっても大いに困惑の種となっているのは想像に難くない。

筆談交流の文化が後退中?
もちろん、テクノロジーの進化によって翻訳や通訳の精度が向上し、異言語間に存在する壁が取り払われるという楽観的な見方もある。しかし、生身の人間同士の交流という観点から見れば、明治維新の時代に遡ると、筆談という手段を通じて文化の違いを乗り越え、日中間で深い交流が行われていたとする例は珍しくないとされる。
そう考えると、現代の状況が本当に“進歩と向上”を遂げてきたと言い切れるのかどうか、疑問が湧いてくる。
AIで言葉の壁は克服できるのか?